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中国の所得分配、 完成と未完成の任務

発表時間:2014-07-03 | 字体拡大 | 字体縮小

著者:蔡 昉 | 出所:『新華文摘』2014年第2号

  如何に所得分配を改善する政策について検討する中で、人々が常に論争する理論的問題は公平と効率の関係をめぐって、論争する焦点がこの二者がどれが先、どれが後にすべきかということである。この論争と関わっている政策問題は、所得格差の拡大という問題を解決するにあたり、いったい第一次分配を重視すべきか、それとも再分配の分野に重きを置くべきか。こうした論争の裏に、如何に中国の所得分配の現実を判断するか、所得格差が大きくなる過程は一体やはり継続しているかそれに緩和する傾向が現れているのか。上述した問題についてなるべく多くの共通認識に達してこそ、はじめて極めて重要な問題について有益な結論が得ることができ、つまり、いかに所得の不平等を縮小させることである。

  一、公平と効率の関係を改めて認識する

   謹直に言えば、孔子は、「寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患え」と言ったのは決して、「寡(すくな)きを患(うれ)えず」を強調するのではなく、「均(ひと)しからざるを患え」を強調している。したがって上述の思想は、パイを大きくするとともに、うまく分けること、私たちが言っていることとは矛盾しない。実は、古今東西の歴史からも次のことを明らかとなり、パイを大きくすることはパイをうまく分けることの充分条件ではないが、疑いなくその必要条件となっている、と。例えば、 20世紀90年代、ブラジルなど一部の南米諸国の経済成長は比較的良い成果を得て、それとともに、これらの国々のジニ係数は明らかな低くなった。アメリカは20世紀 70 年代後、経済の成長がこれまでより著しく減速し、それに一部の政策的ひずみが加わって、貧困の発生率が高まり、住民の所得格差も拡大し、先進国の中で最も所得分配が不均等で、ジニ係数の最も大きかった国となった。

   現代中国において、人々はあまねく所得分配が政府の政策の傾向と密接に関わっていることを認識している。したがって、公平と効率の関係についての論議は長引いてきた。時が経つにつれて所得分配状況が変わっており、様々の観点は真っ向に対立し、常に感情を高ぶらせて攻防しあっている。

    公平と効率は討論の一つのテーマとなり、最初は計画経済時期の悪平等とインセンティブ・メカニズムの欠如に対するものであった。その時、「大釜の召し食う」現象がは広く見られ、豊かになる道は法理の上でも実践においてもきっちりとふさがれていた。こうした情況に対して、20 世紀80年代中期、鄧小平は共に豊かになる目標を目指して一部の人が先に豊かになることを提起していた。それに応じて、理論の上で「効率を優先にして、公平を兼ねる」という政府の公式見解が形成された。 1993年中国共産党の第14期第3回中央委員会総会では、次のように提起したら、かなり長い間こうした表現の仕方を広く受ける共通認識となり、つまり悪平等の大釜の飯の流行った伝統体制の弊害に対して、効率の優先を強調し、インセンティブ・メカニズムの確立に力をいれ、勤労者と創業者の積極性を引き出す積極的な役割を果した。

   生産要素の市場枠組みが次第に基礎的資源配置と所得分配の方式になるにともない、地域間、都市と農村間、部門間と社会構成員の間の所得格差は広がる傾向が見られ、人々は所得分配の公平性という問題を重視するようになる。特に、一部の体制の要因により不合理な所得格差を招来され、ひいては貧富の分化が現れ、多くの人は政策面で公平をより重視するよう転換すべきであると提案した。こうした認識も次第に政府の公平と効率の関係についての言い表しに反映していた。例えば、中国共産党の第十六回大会の報告の中で、新しい言い表しが「最初の分配は効率を重んじ、再分配は公平を重視する」、政府の所得分配に対する調節機能を強調し、大きすぎた所得格差を調節することを公約した。中国共産党の第十七回全国代表大会後、公式的言い表しが次第にはっきりするようになり、「第一次分配と再分配においては効率と公平をともに配慮すべきであるが、再分配では公平がよりいっそう重視されるべきである」。

    通常見られている討論の中で、多少ともつぎのような傾向が見られ、多くの人は効率と公平を対立する概念と見なして、この二つの間に「魚とクマの掌が兼ねられない」取捨選択の関係であるようと見ている。実は、こうした理論的伝統はアーサー・オーカン(Arthur M. Okun)が 1975 年出版した名著『Equality and Efficiency The Big Tradeoff 』( アーサー、1987年)によるものである。だが、中国語版の同著のサブタイトルの翻訳は、誤訳と言えなくても、多少原文の本意からそれて、人々の理解をミスリードしやすくなる。多くの訳本の中の「重要な選択」は、原文は The Big Tradeoffとなっており、正しい翻訳は「大きな取捨選択」であるべきで、疑いなく「魚とクマの掌を兼ねられない」の意味が含まれている。

    こうした平等と効率を対立させ、取捨選択の関係と認識すれば、まちがった誘導につながり、政策上の動揺・不安定を引き起こすがちで、甚だしきに至っては極端に走る分配政策の傾向を形成し、一次分配と再分配の仕組みを協調し、発揮させるのにデメリットとなり、あるいは国粋主義的政策で社会分配政策に取って代わってしまう。そうすれば、一部の国において甚だしきに至っては壊滅的の結果をもたらし、政策目標と政策の効果は南へいこうとして車を北に走らせるようなものとなる。

    こうした誤った認識は一部の所得分配に関係する政策をミスリードーした結果につながった。もともと、第一次分配の分野と再分配分野でそれぞれは異なる所得格差が生み出されているので、二つの分野で同時に対策を推し進めるよう求めるのである。しかし、効率と公平を両立できないものと見れば、効率を名義にしてわざと再分配政策を軽視する傾向になり、もしくは単に再分配政策を強調し、第一次分配分野の所得格差が絶えず生み出されることを放任する枠組みにつながり、こうしたことはいずれも所得分配問題の効果的解決に悪影響をきたしている。

  効率と公平はともに発展が目指した目標である。効率を確保することは経済の発展に参加した人びとの意欲を引き出すカギであり、効果的なインセンティブ・メカニズムを確立するための中核である。公平は経済発展の究極の目標であり、効率をはかる規準でもある。効率と公平に根本的には矛盾していない。効率を重んじる前提の下、パイを大きくしてこそ、はじめて公平に分配するために物的基礎を提供し、はじめて経済発展の成果の共有ができる。したがって、分配の公平を確保してこそ、効率に達することを保証することができ、それとともに効率が自らの帰着を実現することとなる。しかし、効率と公平はそれぞれの重点があり、決してひとりでにバランスがとれようになることがありえない。

   両者ともに配慮するようはかるには、科学的発展観の要求に基いて、異なる時期、異なる発展段階と異なる主要な矛盾に基いて、異なる優先順位と政策的傾斜を選ぶべきである。それでは、中国は現在、所得分配の分野で直面した最も際立った問題は何であるのか、所得分配制度を改革する困難点はどこにあり、何を突破口にして改革を推し進めるべきか、実質的な効果を収めるか、ということについて、次に私たちは所得分配の一般的ルールと中国の特殊な矛盾を結び付け、上述の問題を検討する。

  一、

  二、     二、所得分配に影響を及ぼす対立的要因

   ノーベル経済学賞の入賞者サイモン・スミス・クズネッツ(Simon Smith Kuznets)氏が有名な観察があり、つまり所得格差はまず経済の発展水準の向上に従ってまず拡大し、一つの転換点に到着した後、縮小する傾向が現れるようになる。こうした発見は「クズネッツU 字形曲線」( Kuznets,1955) と称されている 。今日まで、この観察を証明したり、否定したりする一致しないことを経験した研究があることで、クズネッツ氏のまとめた経済発展と所得分配の関係は、せいぜい一つの仮説と見なされることができる。承認すべきは、所得分配に影響する要因が多種多様であり、しかもある国の経済体制、発展段階、政策の方向づけによって異なっており、主導する要因がまちまちである。したがって、クズネッツ氏の観察と似ている変化の傾向が存在したとしても、必然的に錯綜して複雑な状態で表れているにちがいない。

  中国の経済の発展段階が変わると伴い、所得分配の枠組みは確かに相応した変わる傾向を経験した。総体的に、所得分配の状況の変化は主として三つの要因に影響され、それぞれギャップを拡大し、ギャップを縮小する効果がみられている。それぞれの相対する役割を果たす効果の強さは異なる時期によりバラツキがあるが、それらの総合的効果は所得格差の変化した特定の跡形が形成されている。

    第一、労働力市場が逐次発展するにともない、勤労者が人的資源とする資本などの面で群体と個人の相違によって、所得レベルの分化がもたらされ、所得格差が拡大している。ある意味から言えば、こうした効果は働く意欲と教育へのインセンティブに寄与している。改革開放は経済成長を促進する過程は、全国で同時に繰り広げ、推し進めている過程ではない。したがって、経済発展の機会も地域間と人口間に均等的な分布をすることができない。したがって、所得レベルの向上が必ず後先があるにちがいない。たとえ、機会が同じな状況の下でも、勤労者は家庭の状況や年齢、性別、学歴などの面に相違が見られるため、所得増や豊かになる機会を捉える歩みも後先の相違があるのである。

    経済学者が最も興味のある話題――教育のリタ-ン率、つまり人的資源としての資本が生まれつき異なる賦与により所得格差が生み出されており、教育を受けた年数が通常一年に増えればその所得の伸び率のパーセンテージ表示である。こうした人的資源としての資本のリターンは勤労者個人の所得分、すなわち、私的報酬および社会に得られたリターン、つまり社会へのリターンである。給料が労働力市場により決定されていない状況下では、勤労者の人的資源とする資本は特別超過価値を創出しているが、その大部分が社会に得られるが、個人の所得にならなく、勤労者が得た報酬はインセンティブ的効果に事欠き、創造的に仕事を励ますことにならなくて、より多く教育を受けることを奨励していない。

    図1が示したように、改革開放の過程で、企業内部のインセンティブメカニズムと労働力市場の発達、完備に従って、人的資源とする資本は個人的に報いるが、時間の推移により、個人への報酬は全教育による報酬( 社会へのリターンと個人報酬の和)に占めるシェアは拡大する傾向にある。例えば、ミクロのデータで次のような結果を算出した中国の学者がいる。教育の個人へのリターン率が 1989 年の 1. 2%から1993年の 2. 2%に向上され、さらに 2000 年の 3. 8%からと2006 年の 8. 9%に向上された ( 王忠) 。実は、これは別に人的資源としての資本のリターン率が年々向上されていると言うことではなく、すべての人的資源とする資本のリターンにおける個人の得た部分は逐次増加したためである。こうした変化は疑いもなく労働力市場の発達した結果であり、勤労者の間の所得格差が拡大したが、総じてポジティブなインセンティブの役割をもっている。

   だが、教育による個人への報酬率の向上は、好ましくない所得格差の拡大効果にもつながる。高所得層の教育によるリターン率は低所得層の教育によるリターン率に比べてはるかに高くなる。というのも、前者は教育の機会を獲得する上で、体制の要因による天然的優位を持っていることを一部の学者が発見した。例えば、公共教育の資源の配分が不均等なため、大都市の教育の機会と教育の質は、明らかに中小都市と農村地域より高くなる。高所得層はより多くの社会(親戚・交友)関係ないし特権があるため、自分の子供がより質のすぐれた教育資源を享受することができる。こうしたことによりもたらされた所得格差は、道義の上から言えば、不公平だし、教育の投資と発展の上で言えば効率に事欠き、貧困状態が代々に受け継がれていくことになるかもしれないのである。

    第二、都市農村住民の就職範囲の拡大につれて、特に農村の労働力は非農産業への就職する機会の増加により都市と農村の所得格差を縮小させることで、全般的な所得分配の状況が改善する効果が見られている。最初の就業と発展の機会が、往々にして人的資源としての資本力の強い階層に率先に獲得される、就職機会の増加にともない、次第により大きな勤労者層に恩恵をもたらすであろう。

    改革開放の全期間、中国は総じて二元経済が発展した段階にあり、つまり多くの余剰労働力は農業から非農業の産業に移転し、労働への参与率は絶えず高まり、ますます広範な一般家庭と勤労者層が経済成長した成果を分かち合えるようになった。農民工が農業に従事する所得を上回る持場を得て、全般的に農村の貧困水準を引き下げ、都市と農村の所得格差を縮小していなかったとしても、都市と農村の所得格差さらなる拡大を抑える効果がある。土地の均等な分配を制度づくりの基礎とした家庭単位請負責任制は、労働力の移動がより高い収入とより麗しい生活を求める自らの意志による選択であることを保証したため、たとえ、賃金率がかわらなくても、労働力の移動する規模の拡大は農民の家庭の収入を十分に著しく増加させる。労働力の移動による農村の家庭の収入および都市と農村の所得格差を縮小する効果は、以下の三つの方面から見てとることができる。

  まず労働力の移動による貧困を軽減する効果を見てみる。あれらの家庭の労働力がたりないか就職能力が欠陥のある家庭を除いて、多くの貧困家庭はなぜ貧しくなったのは、就職が不十分のためである。その上、これまでの研究は次のようなことを表明し、農村における非農業への就職する機会は往々にしてあれらの明らかな技能があるか、家庭的背景が影響力のある人々が率先して獲得するが、大多数の貧困家庭とは無縁である。したがって、出稼ぎに行くことができればより高い収入を獲得する機会があることを意味している。研究は、貧困農家は労働力の出稼ぎに出ることにより、家庭の一人当たりの純収入が8. 5%から 13. 1%まで高めることができる ( Duetal.2005) 。

  農家の給料による収益増への貢献を見てみる。国家統計局の統計基準によれば、農民の家庭の純収入の出ところは給料による収入、家庭経営による純収入、財産性収入と移転的収入の4つの部分と区分されている。外出して就職する機会の増加は著しく農家の給料による収入を高め、この収入の構成分の農家の収入に占める比重を高め、農民収入の主要な出所とになった。政府の統計によれば、農家の給料による収入の占める割合は1990 年の20. 2%から2011年の42. 5%に高め,同じ年の農民の純収入の増加分の中で、給料による収入の貢献率は 50. 3%となった。

  実は、現行の統計システムが出稼ぎによる収入のかなり大きな部分が漏れていた。政府の統計システム内の居住所帯の調査が都市と農村に分けてそれぞれ単独で行っているため、一家を挙げで引っ越した農村の家庭と出稼ぎに行った農村の家庭の構成員は、サンプリングの範囲内に入りにくくて都市の見本の外に排除されるほか、長期にわたり外出し農村の居住人口とされていなくなるため、かなり大幅に農村の見本の居住所帯の調査のカバー以外に排除され、農村工の就労による収入はかなり過小評価された。局部的調査では、政府統計システムの居住所帯サンプリングと定義の中で見られる問題だけで、都市部住民の可処分所得が平均的に13. 6%過大評価され、農村住民の純収入は平均的に13. 3%過小評価され、都市と農村の所得格差は平均的に31. 2%過大評価されていると明らかになった ( 高文書ら、2011) 。

   労働力の移転が最終には二元経済の発展段階における労働力の無限な供給という特徴を取り除くこととなる。あるシンボル的な転換点はルイスの転換点である。この転換点は決して労働力の絶対的不足を意味しないが、給料が実質的上昇しなければ、労働力の不足現象が現れると意味している。したがって、ルイスの転換点を経てから、農民工により農家の収入の増加が明らかに加速され、それに応じて都市と農村の所得格差が縮小されていく。全国の収入の不均等に対する重要な要因の一つが都市農村の所得格差であるため、都市農村の所得格差が縮小する傾向が、必ず全体の収入の不平等を引き下げるにちがいない。

  第三、改革の過程で現れる問題あるいは改革がまだ完成していないことにより、形成された段階的な現象は、所得格差が拡大しもしくは縮小できないことにつながり、経済体制と社会政策にたいする改革を深めなければ、解決することができない。自然資源と資産ストックの運用効果を高めるため、体制のパターン転換において、一部の国有資産が民営化され、多くの鉱物資源は個人もしくは集団の運用に転じて、土地の収益権は個人もしくは企業の所有となった。結果として各種の資源と資産が分割され、割り当てられ、名義上の国有制と実質の無人所有から個人や集団所有へと変わり、ついで個人の収入と形成された。

   こうした資源と資産の分配に対する監督が不十分のため、多くの操作は規範に合わず、不透明で、甚だしきに至っては法律・法規に違反する現象もかなりあまねく見られているため、その後発生した収益は往々にしてグレー的な収入の性質があり、その分配は極めて不均等な方式で行っていることが、所得格差の拡大を形成した重要な要因となった。学者の見積もりにれば、もしも2008年度の様々な目に見えない収入あるいはグレー所得を現行統計の収入に算入すれば、改めて見積もった都市部住民の一人当たりの可処分所得は統計数字の 3. 19 倍となり、しかも 80%が10%の 最高収入組に集中的に分布となる( 王小魯、2011) 。

    三、収入の不公平となる体制的根源

   中国ではすでにクズネッツn転換点が現れたのかどうかは、一つの重要な判断である。しかし、この問題は学術界と政策の研究分野に広く論争されているだけではなく、事実として確かに一部の要因により、私たちは簡単に「そうである」あるいは「そうではない」という結論が得ることはできない。国家統計局の公表した政府筋のデータから、私たちは都市と農村の所得格差と全国住民のジニ係数を選び取って、所得分配構造の変わる傾向を述べてみよう。総体的にいえば、所得格差は比較的長期間にわたって上昇し、つまり中国の経済がルイスの転換点を迎えてきてから、一般の労働力不足と賃金上昇の現象が現れた後に所得格差の拡大する傾向が抑制され、ひいては下がる兆しが現れていたのである( 図2を参照2) 。

    しかし、統計デターが上述の傾向を示している状況の下で、中国社会が依然として所得分配の問題にあまねく高度関心を持っており、人民大衆は所得分配の状況が明らかに改善されたとを感じない。実質の所得分配状況の変わったきた跡形を正しく描き、認識するために、私たちは既存の所得格差を二つの段階に分けて、一つは労働力市場の所得格差と、もう一つは所得再分配の格差である。右の叙述は、労働力市場の所得格差はすでに縮小する傾向を示し、クズネッツの曲線の予期に合致している。しかし、社会の所得格差は根本の逆転する傾向が現れていない。

   明らかに、問題は二つの統計基準の所得格差の間の相違にあり、主として労働以外の要素の分配の不公平によるのである。所得分配の不公平が未来の潜在的な社会リスクの源の一つであると有識者はあまねく思っている。実際に、図2によれば、私たちが所得分配制度に関する二つの重要な問題を打ち出すことができる。

   第一、図に見られる傾向は統計以外のグレー所得の分配を考えていない。もしこういう要因を織り入れれば、所得分配状況の根本的逆転がまだ訪れていないと予想される。こうした特殊な収入の不公平につながる源は、改革の重点分野を提示してくれた。居住所帯のサンプリング調査の性質に基いて、見本の戸籍記録の統計報告表における家庭所得が主として働いた所得と合法的な財産性所得と移転性収入であるが、学者が見積もりしたグレー所得が居住所帯の収入調査以外にあったのである。したがって、私たちは見積もったグレー所得を統計の住民収入の組別に入れることができる( 王小魯)、2011) 、所得分配の状況がどんな変化の傾向が現れるかを見てみる。必要な合理的な仮設として、以下の方法で処理すれば、象徴的かつ可能な情景が仮定できるのである。

    第二、私たちは統計の都市の一人当たりの平均所得を出発点とし、すべてのグレー所得はそれぞれの伸び率により各年度の異なる組別に分け( ここが主として最低の 10%がと最高の 10%の二つの所得組) 、 2008年度になるとちょうど各組のグレー所得のウェートは王小魯(さん)の調査数値と同じになり、そしておなじな成長率で2010年度にまで推し測っていく。同じ方法により、私たちは改めてを予想しました 1978 年の不変価格で都市部の一人当たりの可処分所得を算出した。私たちはグレー所得を算入した後の分配状況の変化趨勢を見るためであり、各組の所得のレベルが一体どれぐらい高くなるかに気にかけていない。したがってこの仮定は合理である。それから最高の10%所得の組と最低の10%所得の組の比率を算出するとともに、所得統計の算出して比率と比較する( 図3を参照する) 。

    説明すべきは、私たちは決して統計した一人当たりの収入額の正確さを否定していないし、グレー所得の見積もり額の具体的な数字のレベルに賛成する必要もなくて、上述のモデルは二つの問題を説明しさえすれば意義があるのである。第一、資源と資産の分配状況はきわめて不透明で、規範に合わず不平等な状況の下で、こうした厖大な見えない所得が存在した上、真の所得分配状況に悪影響を与えている。第二、理論による予期では、こうした漏らされたグレー所得を統計し所得に算入したら、所得分配の不均等の度あいは大幅に高められであろう、しかも縮小する傾向に呈することはありえない。

  四、未完成の関連改革

  理論から出発して、クズネッツ転換点がすでに到来したと思うなら、現実において既存の厳重な不平等およびそれにより招来するかもしれない社会的反応と経済的結果を無視すれば、研究における政策的対応性が低くなる。もし所得格差が存在する現実だけを見て、問題の根源に触れないなら、誤った政策的方向付けにつながる。例えば、もし所得格差の引き続き拡大する主な要因が資源と資産の分配が不公平によることを掲示することはできなければ、政策を賃金(給与)均等化の道へ誘導し、労働報酬を主とする通常の収入の分配にあまりに依存すれば、あれらの不合理で大掛かりに資源を占有した層に触れていないだけでなく、かえって中所得者を傷つける上、資源配分の厳重な不平等による弊害と潜在的なリスクを軽視してしまう。

    中国の所得分配は引き続き悪化する主導的な要因が資産性と財産性収入のひどい不均等であり、所得の不公平という問題を解決するには、増加分やストック分、収入フローの三つの角度に着手すべきである。増加分の形成が不公平な問題を解決するには、土地、鉱物資源の開発する過程で法律に基いて法律を執行すべく、規範化した手続きを踏まえ、制度の上で権力の介入を根絶すべきである。土地が農業戸籍から非農業戸籍へと変わる過程で農民の利益を剥奪することを防止するため、請負土地と住宅用地の所有権を明確にすることを加速させ、いかなる形の農民の物権への侵害をも厳格に禁止する。国有資産を個人と集団のものとなることを防ぐため、資産・財産権を明確かつ厳格に区分し、その変更を規範化しなければならない。指導幹部個人の資源分配の権力を最大限度に取り除き、監視の目を光らせ、腐敗一掃、腐敗防止の力を大いに強化することは、より根本的解決方法である。すでに形成された不合理な分配という既存の問題に対して税収の手段を活かし、所得分配を調節するための相続税と不動産税などの税種・税目をできるだけ早く公表し、実施すべきである。企業の従業員の持株を励まし、促進することも資産の占有を均等化する一定の効果がある。資源の占有により形成された不平等な収入フローの問題を解決するには、中国租税の構造における間接税のウェートが高すぎ、直接税のウェート低すぎたといった特徴を見直し、税制の累進性を高め、高すぎる収入を効果的に調節しなければならない。

   その外、次の面で長期的、効果的な制度整備に取り組まなければならない。まず、労働力の市場の変化は所得分配を改善する上で依然として非常に重要なことである。ルイスの転換点の到来は、賃金(給与)による所得格差を縮小する基本条件を形成した。だが、雇用の創出、就職の機会の均等化、労働の参与率の向上はあくまでも所得分配を改善する重要な道である。しかし、賃金(給与)による所得格差の実質的に縮小するには政府の労働法規を含む一連の労働力市場制度、例えば最低賃金、労働組合、賃金集団協議などの制度整備・完備に頼らなければならない。

    その次に、所得分配や民生改善に関する政府の再分配政策は所得格差の縮小において依然として極めて重要な役割を発揮している。政府が民生に大いに関心を寄せる政策がすでに良好な効果を得たが、政策の効果までも一部の資源分配の不公平現象に抹殺された。したがって、所得分配を改善する政策は実質的な調整をすべきで、引き続き結果の平等を目指す諸般の政策を推し進めるとともに、既得利益グループの所得分配政策に対する影響を取り除き、資源の分配、占有と運用を権力の妨害から抜け出し、機会の平等を実現することへと大いに向かわせるべきである。

    第三、いっそう包括的、均等化した教育の発展はが所得格差を縮小し、貧困の代々に継がれることを防ぐ止める根本対策である。国民全体の資質と労働技能を高め、公平と均等をいっそう重視し、都市と農村の間、地域の間のことなる利益層の間における教育の機会の不公平問題を解決しなければならない。グローバル化と技術の進歩は低技能勤労者を排斥する潜在的傾向があり、トータルな教育水準を高め、すべての勤労者層の人的資源とする資本を絶えざる向上を保証することは、こうしたな現象の発生を防ぐ最も有効な障壁である。

  最後に、政府は所得分配を改善する取り組みは、経済成長と再分配政策の間で適切な均衡の形成に目をつけるべきである。中国の所得格差が大きすぎることや基本公共サービスの不備のつけが多かったため、一定の期間中に大幅に政府の公共サービスへの再分配に力をいれることを具現するよう求めている。特に基本公共サービスの均等化において、政府がより積極的かつより主導的な役割を発揮しなければならない。だが、経済成長を適切なスピードで維持すること、これは依然として避られない重要な目標であり、再分配政策の実施に当たって法律に基いて高所得を効果的に調節し、中所得層を育み、低収入者の生活状況を改善すべきで、それとともに政策の恣意性を防ぎ、労働や雇用、合理的な消費、資本の蓄積、投資の積極性に傷つけないようにすべきである。

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