ご意見・ご感想

中国の改革の方向に関する論争

発表時間:2012-09-25 | 字体拡大 | 字体縮小

著者:徐景安 | 出所:経済産業研究所

  2005年に、劉国光氏、馬賓氏、鞏献田氏たちが巻き起こした中国の改革に対する論争は、歴史に残るだろう(注1)。この論争をふまえ、胡錦涛総書記をはじめとする中国共産党中央は「確固とした決意をもち、改革を揺るぎなく推し進めていく」と態度を表明した。
論争は一年に及び、参加した人の多さ、議論範囲の広さ、問題の尖鋭性、感情の激しさなど、いずれも過去にないものだった。では、論争はどのような意味を持ち、理論面ではどのような問題を明らかにし、実践面では改革をどのように導いたか。本稿はこれらの問題に答えようとするものである。

  論争について、改革派たちには異なった見方と態度が存在する。
(1)劉国光氏らの改革への質疑は思想の硬直化の反映であり、言い古されたことの繰り返しであり、一顧だに値しない。
(2)大きいばかりで中身のない理論問題にとらわれずに、現実的な問題を着実に解決していくべきである。
(3)イデオロギー論争の裏にあるものは利益問題である。改革はイデオロギー論争を避けながら、利益調整を重んじるべきである。

  上述の見方と違い、劉国光氏たちによる改革の方向に関する論争は、大切な理論的意義と実践的意義を持つと筆者は考える。彼らの功績はパンドラの箱を開けて、資本主義をどのように認識すべきか、資本主義をどのように取り扱うべきか、社会主義とは何か、社会主義をどのように堅持していくべきかといった問題を改めて考えさせてくれたことである。それらの問題を解明することにより、改革の方向性を堅持できるだけでなく、改革における難関を突破するのに直接的に寄与することもできる。

  一、「社会主義なのか、資本主義なのか」は避けてはならない問題   

  近代の人類の運命を決定づけたのは二大思想運動である。一つは資本主義であり、もう一つは社会主義である。

  資本主義はルネッサンス期から計算すると、600年以上の歴史を持っている。人類の歴史と今日の世界に莫大な影響をもたらした資本主義に対して、単純に否定的な態度を取るのは非科学的であるに違いない。我々は資本主義を改めて考える必要がある。すなわち、資本主義が存在する理由は何か、どのような面がそこから学ぶことができ、参考とするに値するか。一方で資本主義の弊害はどこにあるか、それは我々にどのような教訓を与えてくれたか、などの問題である。

  社会主義はマルクスとエンゲルス氏の「共産党宣言」の発表時から計算すると、200年近くの歴史を持っている。社会主義は人類の理想社会への追求として、歴史に大きな影響を与えた。しかしながら、旧ソ連と東ヨーロッパの崩壊後、国際的な社会主義運動は下火になり、資本主義に対抗する社会主義陣営はもはや存在せず、残った社会主義国家も相次いで資本主義を受け入れるようになった。したがって、我々は、社会主義をどのように見るべきか。社会主義とは何か、社会主義を堅持する必要があるのかどうかという問題に答えを見つけなければならない。

  かつて鄧小平は、改革の着手と推進がスムーズに行われるよう、「理論上の論争はしない」、「石を探りながら川を渡る」(イデオロギーにとらわれずにまずは実践でやってみる)という改革策を取ることで、理論的な紛争を免れ、反対派を黙らせた。だが、今日に至って、理論認識上の相違がますます大きくなっている。資本主義と社会主義について、人々は公の場所では口に出さないが、心の中で様々な見解を持っているのである。

  例えば、「中国で社会主義はすでに失敗してしまい、資本主義こそ中国を救うことができ、中国は資本主義の道を歩むべきだ」と考える人がいる。中国共産党内外の相当数の人たち、特に大半の若者がそう考えている。マルクス主義は嘲笑され、社会主義は否定され、共産党の合法性は疑われてしまう。問題なのは、改革が成功するほど、経済が発展するほど、そうした思想の傾向がますます大きくなることだ。

  一方で、「社会主義は資本主義を滅ぼすべきであり、社会主義の中国は資本主義を絶対受け入れられず、市場志向の改革は間違いである」と考える人もいる。彼らは、このままでは、共産党が失脚し、社会主義が変質すると心配している。そのため、奮い立って上層部に提言を送り、「マルクス主義を守れ」、「社会主義を守れ」と主張し、改革を激しく批判し、非難する。

  貧富の差が大きくなり、富裕層と貧困層の両極分化が起きている。腐敗が深刻化する一方で、医療費や学費が負担できず、家を買えない人々がいる。農地収用で農民は土地を失い、国有企業ではレイオフの問題が起きている。こうした問題が対立をより増幅させ、改革への不満となって現れている。だからこそ、劉国光氏らによる改革へ疑問を投げかける論争に対する反響は大きく、多くの人に支持され、賞賛されたのである。

  党中央は政治的決断により、この論争を暫く沈静化させた。しかし、理論的認識の食い違いが解消されない限り、目の前の改革の難局を突破することはもとより、認識の相違が障壁となって利益調整も難しくなる。さらに、中国の改革の行方が迷走すれば、利益調整は暗礁に乗り上げ、また抵抗に遭うだろう。

  いま、改革派には2つの任務がある。第一に、改革を実際に推進し、差し迫った問題を解決すること、第二に、大切な理論問題の研究を進め、中国の改革の政治的将来の問題に答えることである。一方に偏ったり、一方だけを行ってはならない。

  二、資本主義と社会主義は融合する傾向が見られる   

  社会主義は誕生の日から資本主義を滅ぼすことを自らの責任としてきた。改革開放前、「資本主義の巻き返しの防止」や「資本主義のしっぽを切る」(資本主義的要素を徹底的に否定し取り締まること)教育が行われてきた。社会主義と資本主義は相容れない、黒か白か、生きるか死ぬかというのが我々の決まった考え方である。しかし、世界の全体的な傾向は資本主義と社会主義の融合である。

  時代は変わった。いまや資本主義は本来の資本主義でなくなり、社会主義も最初の社会主義でなくなった。

  マルクスが批判する資本主義に存在する基本的矛盾とは、生産手段の私有制と社会化された生産との矛盾であり、生産部門の計画性と社会全体の無政府状態との矛盾である。マルクスによる批判と経済運営の需要を受け、資本主義は、資本の社会化すなわち株式制の広い運用によって、私的所有制の限界を克服し、社会化された生産という条件を満たした。国家関与の強化は、社会経済の盲目性をある程度解消し、生産部門の計画性と社会全体の無政府状態との矛盾を和らげた。マルクスが批判したのは、資本主義が残酷なまでに労働者を搾取することで、プロレタリア階級の貧困化、需要の不足、生産の過剰、周期的な経済危機の発生などをもたらしたことである。だが、生産力の向上と労働者運動の台頭により、労働者の賃金の向上、福祉の改善が実現された。さらに信用制度の実施、需要を刺激する政策の実施により現在、資本主義の生産過剰は供給不足に転じつつある。日増しに拡大する貿易赤字はその証である。

  資本主義に社会主義的な要素が芽生え、資本主義が社会主義の政策を取り入れ、社会主義的理念を吸収することはまさに資本主義の発展の方向となっている。自由資本主義と言われるアメリカでは、資本の社会化が実現され、大半の国民が会社の株式を持っている。アメリカ政府が毎年公共医療に当てる支出は予算全体の5分の1に近い。まさに「社会主義的要素」ではないか。

  ドイツでは社会市場経済が実施されている。つまり、「市場の自由原則と社会的均衡原則との結びつき」である。典型例はドイツ企業の監査役会制度であろう。監査役会は大きな権力を持っており、取締役の任命、更迭、取締役の報酬を決めることができ、取締役会を監督することができる。監査役会のメンバーの半分は従業員と労働組合の代表からなる。これは資本側が従業員への権限譲渡により、従業員を企業運営に参加させることである。つまり資本主義と社会主義の結びつきである。

  さらに、北欧では福祉資本主義が実施されている。公的保障は完備され、富の分配は均衡が取れており、犯罪発生率は低く、社会は安定している。これは、社会主義を勉強するうえでの手本にもなる。資本主義が社会主義のやり方を取り入れることを通じて、資本主義を救っただけでなく、一種の社会主義を実現しているのである。

  マルクスの社会主義は計画経済の実施と私的所有制の消滅である。スターリンの社会主義は計画経済プラス社会的公有制、すなわち全民所有制と集団所有制にあった。中国の社会主義はソ連モデルをそのまま模倣したものである。これを実践することによって証明されたのは、このモデルは社会的分野で基本的な均等を実現させたが、経済的分野では普遍的な貧困をもたらしたことである。鄧小平はこの状況を変えるよう決心し、市場経済が計画経済に取って代わるよう、思い切った改革を実施した。中国の改革の本質は社会主義が資本主義の経験を取り入れることである。しかし、当時の状況では、政治的にも、理論的にも説明がつかないから「やるのはいいが、それを口に出してはいけない」ということになった。鄧小平は理論上の論争は行わないが、実際には推進するという政治的知恵でもって改革に着手した。今、その状態がようやく劉国光氏たちに破られたのである。彼らは政治的な見地から鋭い質問を投げかけた。「中国の改革はいったいどこへ行くのか。中国は社会主義を堅持すべきなのか」。国民の利益に着目した人たちも声をあげた。「中国の改革はいったい誰の利益を代表するものなのか。改革派は誰のために利益を図っているか。」今、こうした質問に答えずして、改革を推進し、改革の難局を突破することができるだろうか。

  三、中国はどのような歴史的段階にあるのか   

  中国の改革は、中国の国情と切り離して考えることはできない。特に我々がどのような歴史的段階にあるかを解明することで、初めてどのようなベンチマークで評価していいかが分かる。冷静かつ理性的に考えれば、今日の中国は資本主義の標準にも達してないし、社会主義の標準にも達していない。受け入れられやすいような言葉に言い換えれば、「初級段階」にある。社会主義の初級段階でもあるし、資本主義の初級段階でもある。

  中国共産党が政権を奪い取る前、中国は半植民地o半封建社会だった。マルクスは「ゴータ綱領批判」で、「資本主義社会と共産主義社会の間に、前者から後者に変わる革命的移行期がある」と述べている。ところが、中国は、資本主義も経験していないのに、社会主義へ移行しようとした。明らかに歴史的なステップを飛び越えるような過ちを犯したのである。資本主義の功績は経済分野にある。生産力を極めて大きく向上させ、物質的財産を作り出すことができるが、必ず両極分化、貧富の格差の拡大、社会的不公平を招いてしまう。一方、社会主義は資本主義に基づき、公平的な分配を行い、社会各方面の利益を配慮する。簡単に言えば、資本主義は効率問題を解決し、社会主義は公平問題を解決する。しかし、公平さとは効率を前提にしなければならないし、効率に基づかなければならない。したがって、マルクスの社会主義、共産主義は進んだ資本主義社会の基盤の上にたったものであった。だが、我が国はソ連モデルをそのまま模倣し、社会主義への移行を急ぎ、効率問題を解決しないまま公平さを強調した。これでは均等な貧困に過ぎない。

  我々は国民経済が崩壊寸前になった歴史的事実を教訓として、資本主義から学ばざるを得なくなった。そこで、計画経済を捨て、国が何とかしてくれるという体質を改め、改革開放を行い、資本主義を導入した。今日、我が国の経済目標、経済制度、経済政策、経済理論はいずれも西側資本主義国を手本にし、参考にしたものである。現在、我々が実施しているのは初期の資本主義である。農村出身の出稼ぎ労働者に対し、過酷な経済的搾取を行っている。賃金は低く、残業も多く、10何人が1部屋に詰め込まれて住んでいる。社会主義者が怒るのも無理はない。これのどこが社会主義だというのだ? しかし、農村出身の出稼ぎ労働者は、その暮らしを「俺たちの田舎よりはマシだ」といい、なんと搾取されるのを喜んでいる。「労働者階級の覚悟」が欠けるのは彼らだけではない、中国全体がそうである。世界の工場になることを喜び、資本主義の搾取を歓迎する。大半の儲けは他人に取られ、中国は加工代金しかもらっていないのはよく分かっているが、仕事がないよりマシなので、初期の資本主義のもたらす屈辱と苦痛を我慢するしかない。

  改革開放と資本主義の導入は目覚しい成果を挙げた。中国経済は急成長し、経済規模は世界6位に躍り出た。国民の生活レベルは急速に向上し、衣食住、交通インフラ等の条件が全面的に改善された。それは社会主義が資本主義を参考にした成果である。だが、改革に対する評価は大きく分かれた。

  保守派は改革前の社会主義、つまりスターリン式の社会主義をベンチマークとしながら、改革が社会主義に背き、資本主義へ偏ったと批判する。筆者の答えは次の通りである。第一に、そもそも我々はマルクスが言う社会主義を発展させるだけの資格を備えていなかった。第二に、スターリン式の社会主義でさえマルクスが言う社会主義ではない。第三に、改革は確かにスターリン式社会主義に背いた。第四に、改革は確かに資本主義を導入した。第五に、我々は社会主義が資本主義の経験を取り入れる新しいモデルを作り出している。第六に、中国は歴史的な経緯により、社会主義の新たな創造という道を歩まなければならないと決定付けられている、ということだ。

  一方、利益的基準により、改革を批判する人はさらに多い。両極分化や権力者による不正蓄財、弱者団体への利益侵害、基本的な公共サービス機能の欠如などが批判の根拠となっている。その結果、伝統的な社会主義を懐かしむ人が多くなり、彼らは先にあげた保守派と同盟を組むに至った。これに対する筆者の答えは次の通りである。第一に、問題は確かに存在しているので、批判にも一理ある。第二に、問題が発生する原因については分析する必要があり、単純に原因を改革に求めるべきではない。第三に、改革は効率問題の解決に力を入れているが、公平問題への配慮が足りない。第四に、資本主義の初期段階において、必ず両極分化の現象が起きる。第五に、計画経済から市場経済への移行過程では、資源を支配する者は必ず暴利をむさぼる。第六に、改革は革命とは違い、従来の体制の既得利益者の権利を剥奪することは不可能で、買い上げるしかない。これは改革のために必要なコストである。第七に、旧体制から遺留された問題が解決されない限り、改革は望ましい状態にならず、徹底的なものにもならない。第八に、政府管理の理念は変わっていないし、政府管理の機能も変わっていない。第九に、原因はともあれ、上述の問題の解決策を研究すべき時期が来ている。

  資本主義の理念で判断すれば、中国の市場化の程度はまだ低く、競争が十分とは言えない。行政的障壁と経済的独占はいまだ深刻であり、効率の向上は依然として解決を急ぐべき問題である。したがって、経済的分野で市場化改革を推し進めなければならない。

  社会主義の理念から判断すれば、中国の公平問題はなおさら深刻である。古い平均主義のシステムが壊され、新しい社会主義の公平システムはまだ形成されていない。弱者層への教育、医療、養老といった基本的な生活保障が欠けている。したがって、社会的分野で公共サービスと社会保障体制の確立を急がなければならない。

  四、間違ったベンチマーク   

  今回の改革の方向に関する論争で、理論的に明らかにしなければならないのは、劉国光氏、馬賓氏、鞏献田氏たちが改革を批判するのに用いたベンチマークが間違っていることである。彼らの心の中にある社会主義は、劉国光氏にとっては計画経済に当たり、馬賓氏、鞏献田氏たちにとっては公有制に当たる。両者を合わせたらスターリン式の社会主義となる。

  マルクスによると、計画経済が市場制度に取って代わる本来の意味とは、社会の公共利益を出発点とした計画が資本所有者の私利を出発点とした競争に代わることにある。これまでの実践が証明したこととは、計画は競争に取って代わることができないということだ。なぜなら、計画は富を作り出す意欲を引き出すことができず、計画は競争という基礎を踏まえなければならないからである。したがって、計画と市場の関係は、劉国光氏が言うどちらの方が多い少ないという問題でもなければ、市場を重視しすぎた、計画を疎かにしたという問題でもない。つまり、市場を重視するとともに、計画も重視すべきであり、計画の理念、方法を変えることが大事なのである。今や計画が規画に変わり(注2)、理念も方法も変わったが、改善されるべきところも多い。計画は手段であり、社会主義の本質的な特色ではない。計画が多いか少ないかで改革を批判するのは、ベンチマークが間違っているわけである。

  馬賓氏、鞏献田氏たちが公有制をベンチマークにすることにはさらに多くの誤りが存在する。マルクスとエンゲルスは「共産党宣言」で次の二点を述べている。第一に、「プロレタリア階級は自らの政治的統治で、一歩一歩、資本家階級のすべての資本を奪い取り、すべての生産道具を国家すなわち統治階級に組織されたプロレタリア階級に集中させる」。第二に、「階級差別が発展の過程で失われ、しかもすべての生産を団結した個人に集中させたとき、公共的権力はその政治的性格が失われることになる」。その意味とは、「すべての生産手段を国家に集中させる」こと、つまり国有経済とはプロレタリア階級が政権奪取した後の過渡的な措置にすぎず、「すべての生産を団結した個人に集中させる」ことが目標である。マルクスとエンゲルスは公有制に触れないどころか、公有制を社会主義の本質的な特色とはせず、「団結した個人」という表現をした。さらに、マルクスは『資本論』で次のように言明した。「協力と生産手段に対する共同占有を基礎にしながら、改めて個人所有制度を形成する」。こう考えると、共有制、株式制のほうがマルクス思想を表現するには、ふさわしいと思われる。

  社会主義公有制、すなわち全民所有制と集団所有制はスターリンの創造である。これはマルクスの本来の意図とかけ離れている。第一に、スターリンの公有制は個人の財産所有権を否定し、全民所有制は「全民無財産制」に、農民の集団所有制も「農民無財産制」になってしまった。第二に、スターリンは全民所有制を公有制の最高の形式と見なし、努力奮闘する最高の目標と見なした。そのために、スターリンの公有制は理論的にマルクス主義の本来の意味に一致せず、実践的にも一層大きな災難をもたらした。全民所有、集団所有が、官僚特権の所有制になってしまったのである。それは公有という名ではあっても実質は私有制を行う所有制であり、(企業の幹部たちが)リスクを負わないまま、権益を享受する所有制であり、効率性もなければ、公平でもない所有制である。今日に至っても、我々はそれによる災難と苦痛から抜け出せないでいるにもかかわらず、馬賓氏、鞏献田氏たちは依然としてスターリンの公有制を、是非を判断する基準と見なしている。

  馬賓氏ら105名が発表した提案書では、国有経済が国民経済の最も重要な部門をコントロールしなければならないとし、国務院が非公有資本の独占的業界および独占的分野への参入を許可したことを批判した。鞏献田氏は「国有財産の売却、譲渡を即時停止し、国有財産は決して軽率に売却したり、市場に入らせたりすべきではない」と呼びかけた。だが、彼らに社会主義の命と見なされ、経済の最も重要な部門をコントロールしている国有企業は、いったい誰のために利益を図っているのだろうか。

  2006年3月3日付けの新華社による全国人民代表大会、全国政治協商会議についての報道を見てほしい。「代表たちは独占業界に対し大いに不満をもっている。まずは「福祉腐敗」現象が広範囲に存在している。病院の職員に診療受付料が免除されたり、バス会社の社員には乗車料が免除されたり、電力会社の社員が無料の「福祉電気」を享受したり、電信会社の社員が電話を取り付けるときや電話を掛けるときには無料となる優遇を受けたりするなどである。次に独占業界の勝手な値上げと支払い名目の増加、大衆の利益を犠牲にしてまでも業界と団体の利益を図ろうとする行為がある」。公共事業が国有企業に独占されなければならないことは、従来は社会主義の原則と思われてきた。だが、結果的には業界の私利のため、大衆の利益が損なわれることになった。

  国有企業への投資は増える一方である。1988年から2003年にかけて、建設関係の長期国債は累計8000億元に上る。しかし、国有企業の国への貢献とはいったい何なのだろうか?国有企業が損をすると、言うまでもなく、国が負担してくれる。だが国有企業が儲かっても、上納する必要はなく、利益の相当の部分がそれらの業界の社員の給料とボーナスとして配られたり、福祉として享受されたり、あるいはその他の方法や、ルートによって流出していく。

  国が設立、投資し、国がリスクを負い、国の許可によって独占的な地位にある企業が儲かった利益が、一部の人たちにしか享受されていない。これで、社会主義の企業と言えるのだろうか。これが社会主義の経済的基礎といえるだろうか。

  長年にわたって、我々は次のような理念を抱いてきた。社会主義国である我々は国有企業を持たなければならない。賈宝玉の命が「通霊宝玉」(注3)にかかっているように、我々の命は国有企業にかかっている。したがって、我々は国有企業を設立し、大事にし、愛し、甘やかし、管理するため、モノ、ヒト、カネといった資源を費やした。だが、結局我々は何を得たのだろうか。国有企業が我々に何をもって報いてくれたのだろうか。何のために国有企業を設立するのかを我々は考えなければならない。世界を見渡すと、資本主義国にも社会主義国にも国有企業がある。それは国有企業が存在する理由があることを物語っていると同時に、国有企業の有無が資本主義か社会主義かという問題とは必然的な関係がないことも証明してくれた。

  国有企業は、我々が好んでいるから存在するのでもなければ、我々が社会主義であることを証明するために存在するのでもない。民間資本が投資したがらない、しかも公共利益として非常に必要とされるものに対し、国が投資せざるを得ないからである。一旦、民間資本が投資する意欲が出れば、国家資本は撤退すべきである。なぜなら国の資金を必要とする所はあまりにも多いためだ。民間資本が投資したがるなら、国は喜んで投資してもらえばいいのである。

  現在の国有企業のリストを見てほしい。いったいどれだけの国有企業を残すべきだろうか。残すとしたら、その理由は何か。民間資本が投資したがるなら、国家資本が撤退すべきという原則に従えば、何社ぐらいを残すべきだろうか。公共的、基礎的な分野に残り、競争的な分野から撤退するという原則に従えば、何社ぐらいを残すべきだろうか。

  また、1996年から2002年にかけての中国政府が公共的、基礎的、競争的分野に対して行った投資の構造を見てみよう。1996年には公共的分野10.49%、基礎的分野38.38%、競争的分野51.13%という割合だったのだが、2002年にはそれぞれ15.99%、47.76%、36.25%に変わっている。公共的分野への投資の割合が増えているのがわかる。一方、競争的分野への投資の割合は減りつつあるが、依然として36.25という高水準を維持しており、公共的投資の倍以上に当たる。いわゆる競争的とは、利益が図れることである。政府が民間資本と競争する一方で、資金不足を口実に、公共投資をしないのは、なぜだろうか。基礎投資が大幅に増えた原因は、民間資本が投資したがらないことにあるのか、それとも独占企業に妨害されていることにあるのか。次の例を見てほしい。

  2020年に鉄道営業総距離10万キロを達成するという計画を実現するため、2005年から2020年にかけて、少なくとも毎年1000~1200億元を投資する必要があると推計されている。それに対して、国の毎年新しく増える歳入は3000億元未満。国が負担できるはずがない。そこで、民間資本を導入しなければならないことになる。しかし、鉄道は高度な独占的体制である。この独占的体制を変えずに、参入ができるはずがない。それでも馬賓氏たちは「鉄道は国の経済の最も重要な部門で、国しか投資することができない。決して非公有資本に開放しない。さもなければ、社会主義が変質してしまう」と言う。

  我が国の教育、医療、衛生などの公共サービスの欠如が深刻である一方で、政府は大量の資金を基礎的、競争的建設の分野に投入している。それは、「政府は軽率に経済活動に介入すべきでない」という資本主義の市場化原則にも合致しなければ、社会主義の公平原則にも背くもので、政府は果たすべき機能を果たしていないことになる。この問題は中国の改革の焦点であり、難点であり、改革の難関を突破するための鍵でもある。では、各レベルの政府はなぜ経済活動には熱心なのに、公共サービスへの情熱は欠けているのか。それは政府の管理理念、政府の業績の審査、政府の利益構造にかかわっている。馬賓氏たちは国が経済の最も重要な部門へのコントロールを行うよう求め、鞏献田氏は国有企業の撤退に反対する。このようなスターリン式社会主義の理念が、政府の財政が公共サービスと公共保障へ移行することを妨害し、上述の結果を招いた重要な原因だと言わざるを得ない。

  五、新しい理念、新しい目標、新しい道   

  今は、いったい何が資本主義で、何が社会主義なのか。

  資本主義と社会主義の本来の区別は消えつつある。所有制においては、資本主義にせよ、社会主義にせよ、全体的な傾向として、いずれも国有と私有の割合が減り、株式制、合作制が大幅に増えることが挙げられる。経済政策では、資本主義にせよ、社会主義にせよ、いずれも国が関与を行っているが、全体的な傾向として、国家の役割はマクロ政策にシフトする形で調整が進んでいる。資本の社会化と適切なマクロoコントロールは社会化された生産のための客観的な要請である。資本主義と社会主義との融合という傾向は、まさにその要請のに応えるものである。

  では、資本主義と社会主義の区別はどこにあるか。

  資本主義は経済を重視し、効率を重んじ、富を追求し、競争を奨励し、自由を尊ぶ。それに対して、社会主義は社会を重視し、各方面の利益を配慮し、弱者団体の保障を図り、バランスを尊ぶ。

  かつて、資本主義は資本側の一方的な利益しか顧みず、利潤のみを追求し、労働者を搾取した結果、貧富格差は拡大した。これを目の当たりにしたマルクスは資本主義を批判し、社会主義を唱えるようになった。マルクスが示した方法は暴力革命によって政権を奪取し、私有財産を無くし、計画経済を実現することである。しかし、振り返ってみると、マルクスの方法は必ずしも正しかったとは言えない。実践により証明されたように、社会民主主義が主張する議会闘争、多数の賛成を取り付け、合法的に政権を奪取することは可能である。また、社会主義であっても簡単に私有財産を無くし、競争をなくすことはできない。

  にもかかわらず、マルクスは依然として最も偉大な思想家だと西側世界に広く認められている。なぜだろうか。マルクスの資本主義への深い批判により、世界が新しい理念を受け入れるようになったためである。すなわち、資本側が自らの一方的な利益しか顧みないのでは社会が安定的な発展を遂げることはできない。社会の各方面の参加を実現し、社会の各方面の利益を配慮する必要があるのである。それはつまり社会主義である。マルクスの偉大さは、資本主義に社会主義を取り入れたことにあり、鄧小平の偉大さは、社会主義に資本主義を取り入れたことにある。

  資本主義と社会主義の融合の過程において、資本主義は社会主義を拒否せず、逆に社会主義を用いて資本主義を改善した。もちろん我々も資本主義を用いて社会主義を発展させることができる。「和平演変」(注4)で自らを脅かす必要はまったくないではないか。

  今日の中国では、経済的分野において資本主義に学ぶことによって、効率の問題を解決すると同時に、社会的分野では社会主義を堅持し、社会の不公平さを解決すべきである。

  現在、清算を急ぐべきなのは、スターリン式の社会主義理念である。「社会主義は公有制を主体とすべきだ」、「国が経済の最も重要な部門をコントロールすべきだ」、「国有企業を売却してはいけない」、「政府による審査許可の手続きを減らすべきでない」、「政府によるコントロールは減らすべきでない」など、いろいろな意見があるが、実はこれらは社会主義ではないばかりか、社会主義の旗印を掲げながら、権力の独占を維持しようとするものである。それは当面の改革における最大の障害であり、市場化改革と効率の向上を妨げるだけでなく、政府機能の転換も妨害し、不公平を生むことにもつながっている。スターリン式社会主義、偽りの社会主義による思想的影響を取り除くことは、並大抵でない任務である。

  市場化改革の利益主体は資本であり、権力独占の利益主体は政府であり、社会の各方面の利益主体は組織化されていない大衆である。この三者の力関係において、一番弱いのは大衆である。中国では各方面の利益を代表する団体組織が足りないため、利益を損なわれてもそれぞれが孤立無援の状態にある。政府が民衆の味方という旗印を掲げて資本を制限するのは、実際は手元にある権力を維持するためであり、経済発展の旗印を掲げて資本を支持し、大衆の利益を損なうのは、実際は彼らの業績を上げるためである。政府が社会大衆の利益を代表するには、制度化された保障が欠けている。いま、トップダウン式の圧力で政府の体制改革と機能転換が望まれているが、それと同時に、総合的な協調機関も必要である。さもなければ部門的な利益独占を突き破ることが難しいからだ。

  中国では、効率、公平の問題以外に、持続可能性の問題も解決されなければならない。

  資本主義の中核的な理念は「物質本位」で、物質的利益の最大化を価値的目標および基準とする。これは、経済の発展、財産の増加が促され、人間と自然、人間と人間、人間と自己という三つの重要な関係の悪化を招いてしまい、人類社会の持続性を保てなくしてしまう。

  我が国は資本主義を学ぶ必要があるが、すでに成熟し進んだ資本主義や、西洋式の現代化などは我々の目標ではない。我が国は人口が多く、資源が少なく、アメリカ人のような生活を送るには、6個分の地球が必要となる。中国は西欧とは異なる近代化の道を歩むべきである。

  我が国は社会主義を堅持すべきであるが、スターリン式社会主義とははっきり区別させる必要があるうえ、マルクスの社会主義をそのまま適用してもならない。マルクス主義を充実させ、発展させ、創造するよう、社会主義の新しいモデルを作り出さなければならないのである。

  そのためには、新しい理念を打ち立て、新しい目標を目指し、新しい路を切り開いて行かなければならない。それはつまり中国共産党が打ち出した「人間本位」、「全面的な小康(いくらかゆとりのある生活水準)」、「調和のとれた社会」である。

  「人間本位」とは、人間の権利を中核に、人間の需要を趣旨に、人間の発展を中心に、人間の持続を原則にすることである。
「全面的な小康」とは、経済が豊かで、エネルギーの消耗が少なく、環境が清潔で、社会の調和が取れ、精神的に愉快であることをさす。
「調和のとれた社会」とは、人間と自然の調和、人間と人間の調和、人間と自己の調和、物質と精神の調和のことである。

  効率と公平さをどのようにして融合させるべきだろうか。効率を重んじれば、不公平になってしまい、公平を重んじれば、非効率になってしまう。我々は新しい理念で効率と公平を統合する必要がある。それはつまり「人間本位」、「調和のとれた社会」である。

  中国は資本主義の初級段階と社会主義の初級段階にあり、歴史的段階を盲目的に飛び越えて進もうとしてはならない。また中国は西側資本主義のかつて歩んだ道や、ソ連の社会主義がかつて歩んだ道も歩んではならない。持続的発展が可能な新しい道を歩まなければならないのだ。これは実現可能な歴史的跳躍である。

  (注1)三人は「保守派」を代表する人物である。社会科学院の劉国光氏は近代経済学がマルクス主義の政治経済学に取って代わって中国で主流の地位になることを懸念し、これは最終的には共産党の指導の終焉を招くだろうと警告している。馬賓氏は長老格の共産党員で、民営化をはじめ、「新自由主義者」の主導で進められている改革を厳しく批判している。北京大学の鞏献田氏は、私有財産の保護を強化するための「物権法」を社会主義の原則に背離した違憲的なもので、資本主義への後退であるとし、強く反対している。

  (注2)第11次五カ年計画の中国語表記からは、これまで50年余りにわたり使われてきた「計画」の字が消え、「計画」よりもより自由なニュアンスのある「規画」という表記が採用された。人民日報は「計画」から「規画」への変化は、資源配分における市場の役割発揮を、政府が特に重視していることを鮮明に示している、と説明している。

  (注3)賈宝玉は紅楼夢の主人公。通霊宝玉は主人公が生まれたときに口に含んでいた玉。

  (注4)「和平演変」とは武力転覆に失敗した帝国主義がイデオロギーや経済、人的交流、技術移転など様々な平和的手段を駆使して社会主義国家の転覆を図っているという90年代の初頭によく叫ばれたスローガン。例えば1991年7月1日付人民日報の社説では「世界の社会主義事業が厳しい挫折に直面し、国際敵対勢力は社会主義国家への平和的転覆活動を強めている」と指摘、内外の敵対勢力と闘う「鋼鉄の長城」を築こうと訴えた。   

  徐景安  Xu Jing An

  1941年12月27日生まれ。1964年、復旦大学新聞学部卒業、研究員。中国人民大学、深セン大学教授。1964年から1970年:中共中央マルクス・レーニン主義研究院、1970年から1973年:中央政策研究室、1973年から1978年:北京軍区砲兵政治部、1979年から1981年:国家計委研究室科長、1982年から1984年:国家体改委(国家経済体制改革委員会)処長、1985年から1987年:中国体改研究所副所長、1987年から1993年:深セン市体改委主任、1993年から現在:深セン市徐景安投資顧問公司董事長、深セン市新世紀文明研究会会長。

関係論文