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中国における公有制企業の民営化の過程

発表時間:2012-09-24 | 字体拡大 | 字体縮小

著者:韓朝華 | 出所:

  1990年代に入ってから、中国の公有制企業において財産権の再編や企業体制の改造が行われてきた。その中心は企業の財産権を政府から民間に移転させることである。つまり民営化そのものである。このように企業財産権の構造を再編する変革はどのように発生したのか。また、どのような方法で行われたのか。さらに、どのような要因がこのような変革を推進しているのか。そして、変革に伴う社会的影響はどのようなものであるか。これらの問題に焦点を当てながら、議論を進めていきたい。

  一、1990年代における中国の民営化に関する基本認識   

  1990年代において中国の公有制企業で行われた民営化への変革に対して、われわれは一連の研究を通していくつかの基本認識を得た。

  1.民営化の社会的要因   

  1980年代の改革開放政策が実施されてから、公有制企業(主に国有企業)改革の基本的方向性を巡ってはさまざまな意見があった。その中で最も敏感なテーマは、財産権改革が必要かどうかである。一部の人は、財産権改革を避けて、企業の内部管理メカニズムの改革と改善を通じて、国有企業を徐々に市場経済に適応させながら活性化させるべきであると主張している。これに対して、国有企業が抱えている根本的な問題は財産権制度であり、国有企業の財産権構造を変えない限り、国有企業を市場経済の競争に適応させることができないという声もある。

  実際には、公有制企業の内部管理メカニズムとインセンティブ・メカニズムの改革が中心となり、財産権改革は回避されてきた。80年代における「請負制」はこのような方針によって生み出された典型的なものであった。しかし、90年代に入ってから、請負制の考えは後退し、公有制企業の財産権の再編が改革方針の主流となった。それに沿って、1993年11月14日、中国共産党第14期中央委員会第3回全体会議(14期三中全会)では、「現代企業制度の確立」という原則が打ち出された。また、1997年9月の中国共産党第15回全国代表大会(第15回党大会)において、「抓大放小」」(大をつかまえ小を放す)と「国有経済の戦略的再編」という改革の方針が提起された。「現代企業制度の確立」は、公有制企業改革において、単一的な国家所有あるいは集団所有を改め、財産権の多元化を目指すという明確な方向性をもって進められてきた。

  上述のような政策上の変化をもたらした要因は理論上で認識が統一されたためではなく、中国の経済発展と社会転換による現実的な要請である。なぜならば、改革開放政策が実施された当初、政策当局は企業の基本的な制度を変化させず企業を活性化させようとしたが、改革開放政策が加速するにつれ、中国の国内市場における競争がますます激しくなり、公有制企業は財産権上の根本的な欠陥に制約されて、このような新しい環境に適応できなくなった。また、公有制企業に適用したソフトな予算制約(赤字の補填)が主管行政部門にとって重い財政負担となり、財政と国有銀行は多くの公有制企業にいつまでも資金面で援助することが不可能となった。それゆえ、企業を活性化させるためには、民間資金に期待するしかなくなった。しかし、民間資金の動員は、行政による強制的手段ではなく、民間の出資主体の権益を保障できる制度のもとで行わなければならない。そこで、企業の財産権構造を再編し、民間の投資主体の需要に応じる制度を導入することが、公有制企業の発展、あるいは存続のための必然の選択となった。つまり、中国の公有制企業における財産権改革は、中国経済の市場化と競争化による必然の要請と帰結である。  

  2.民営化の社会的意義   

  (1)社会の基本的インセンティブ・メカニズムの再構築

  個人の財産権は経済的インセンティブ・メカニズムの基礎であり、経済の効率性を保つための必要条件である。これは、ほとんどの歴史文明や文化体系において広く証明された事実であり、人類社会の基本常識とも言えるだろう。

  たとえば、中国の古典である『呂氏春秋』「審分篇」の中に、「井田制」(せいでんせい)(注)のもとでは農民は公の田を耕作するときに積極的ではないが、「井田制」を廃止して土地の面積に応じて徴税する制度を実行した後に、農民のモチベーションは明らかに高まったという記述がある。

  古代ヨーロッパにおいて、アリストテレスは倫理上では個人の財産権を制限すべきだと主張しているが、インセンティブの問題については、公有財産に対する監督と保護は私有財産のそれより行き届きにくいと認めていた。その上、アリストテレスは人々の素質や能力、勤勉の程度が異なっているため、それぞれの権利を明確化しなければ、必ず争いが起こると分析し、それゆえ、私有財産を廃止するのではなく、保護すべきであると考えていた。古代ローマの法律では、個人主義の立場に立って、私有財産の保護と契約の自由を保障するように強く主張していた。

  中世の経済学者は倫理上では個人の財産権を否定していた。しかし、都市の発展と貿易の拡大に伴い、哲学者は理論上、商人による個人の財産権への追求を容認しなければならなくなった。たとえば、中世の最も代表的な哲学者のトマス・アクィナス(Saint Thomas Aquinas)はアリストテレスの考えを継承し、財産の取得と管理の権限を個人に帰属させるべきだと主張していた。その理由は以下のとおりである。第1に、他人と共有する物に対する関心より、人々は自分が独占している物への関心が高い。第2に、人々の役割が明確であれば、最も効率が高い。第3に、個人の財産権を認めれば、人類は比較的平和な環境を得られる。紛争は、他人と共同で物を所有する人たちの間で最も発生しやすいのである。

  近代、資本主義経済が西欧で確立されてから、新興資産階層の発展のニーズに応じて、個人の財産権はさらにアダム・スミスやモンテスキューなど、時代をリードする学者によって、検証する必要のない「自然的権利」として支持されてきた。

  上記のような常識的な見解は、中国の伝統的な計画経済体制のもとでは根本的に否定されてきた。当時、人々は個人の財産権を廃止すれば労働者の仕事に対する熱意を引き出せると楽観的に考えていた。そのような考えに従えば、それぞれの社会構成員は個人の利益を捨てて社会のために働き、それによって社会全体が前例のない繁栄を遂げ、豊かになると想像されていた。しかし、計画経済体制のもとでは、消極、怠慢、浪費、無責任、低効率、物不足といった現象が、克服できない頑固な"病"になってしまった。これによって、上述したような考え方が単なる希望的観測に過ぎないことが証明された。この意味で、計画経済から市場経済への転換は、上述した(「性善説」というべき)人間性に関する仮説の放棄であり、個人の財産権の確立という前提での社会的インセンティブ・メカニズムの再構築であると言えよう。

  現代の財産権理論から見れば、個人の財産権制度における主な機能は、資源使用に関わる権利と責任を明確にすることである。資源を使用している主体(個人、企業、社会団体あるいは行政機関)は自分で自らの行為による結果を負わなければならない。もし資源を使用している主体がそのためのコストを負わなくて良いならば、資源の浪費という結果は避けられない。他方、資源の使用によって創出された利益を資源の使用者に適切に帰属させなければ、積極的に資源を有効に利用する人はいないだろう。そのため、個人の財産権制度の確立は社会に一種の個人責任を問う体系を導入することを意味している。個人の財産所有による利益の得失を通じて、すべての人に自分の経済的行為の結果に対して責任を負わせることができる。それによって、一方では人々に積極的に財産を創出するインセンティブを与え、他方では人々の資源に対する濫用を防止する。

  (2)立憲政治の経済的基礎の確立

  社会において、個人の財産権が合法的な権利で、また法律で「法律で定められているプロセスを経なければ、私有財産は剥奪されない」という原則が明確にされていれば、政府が直接支配し得る資源は限られることになり、政府の権限も制約されることになる。これによって二つの重要な結果がもたらされる。

  まず、このような社会では、政府が自分の思うとおりに、多くの社会資源の配置と経済活動に関与することができなくなる。それにより、計画経済体制のもとでの集権的な行政によるコントロールも制度的な土台を失ってしまい、ほとんどの経済活動は市場メカニズムによって調節され、競争が経済活動の主な原動力になるだろう。このような制度的枠組の中で、政府の権力は社会全体に及ぶ全能的なものではなく、必然的に限られた小さなものになるはずである。いわゆる「小さな政府、大きな市場」は、このように生まれるのである。したがって、市場メカニズムを資源配分の主導的なメカニズムとして活かしたいならば、個人の財産権を確立し、保護しなければならない。

  次に、このような制度的枠組は民主と法治を確立するための基礎ともなるだろう。民主と法治の確立は、政府の権力に対して有効な監督と制約を実施することを意味している。これは、すべての国民が社会的に独立かつ自由になっていることを前提としている。社会におけるすべての資源が政府によって支配されているならば、個人は「国有機構」から離れてしまうと、生存さえできなくなる。このような状況のもとでは、個人は独立かつ自由な地位を持つことができない。国民が独立かつ自由な地位を持っていない場合、政府の権力に対してどのように監督し、制約を与えればよいのであろうか。政府の権力に対して、国民が監督し、制約することができなければ、民主と法治は論じられるものだろうか。それゆえ、個人の財産権が認められ、保護されてはじめて、国民は政府の意志によるコントロールと束縛から逃れ、本当に独立した社会的地位を獲得することができるのである。つまり、個人の財産権の確立は、民主と立憲政治の土台と言えるであろう。自由主義を主張しているハイエクの言葉のように、「生産手段が多くの単独で行動する個人の手にあるおかげで、われわれを制御する全権は誰も持っていない。そのため、われわれは自分の意志に従って行動することができる」のである。このような意味で、中国の民主化と法治化は個人の財産権の確立と拡大を要請している。公有制企業の財産権制度改革はこのような目標を実現するための重要な一歩である。

  3.民営化の自発性   

  このような全体的な意義を持っている制度転換に対して、中国の指導層は1990年代において明確な主導性と先見性を見せていなかった。中国の指導層による政策設定に関する基本的なスタンスは現状の追認である。つまり、各地域、各企業において改革の模索を許し、全国の情勢を見極めたうえで、適当な時期に基本原則上の承認を与えるということである。1992年10月に、第14回党大会では、80年代に冷遇された「株式制改革」の構想が肯定された。また、1997年9月の第15回党大会において、「抓大放小」と「国有経済の戦略的再編」という改革の方針が明確に提起された。これらは現実の生活にすでに広く存在していたやり方や方向性に対する政治的な承認にすぎなかった。

  中国における公有制企業の財産権制度改革は市場競争が激化する中で展開されてきたといえよう。その際、参考となる既存の理論的な枠組みと成功の経験がないだけではなく、明確で実行可能な綱領も、政策あるいは法律的な根拠も欠如している。財産権制度改革は主に公有制企業と関連しているさまざまな利益集団(政府主管部門、企業経営者、企業従業員、債権者、戦略的投資家など)の間で展開された駆け引きの結果であり、自発性の高い過程である。

  しかし、これは政府が重要な役割を果たしていないことを意味しない。実際、多くの地方において、公有制企業の財産権改革は地方政府と政府機関の強制的な計画のもとで行われてきたのである。ただし、このような全国規模に及ぶ公有制企業改革のために中央政府が政治的な面で全国に規範を示していないという意味においては、自発性が高いと言えよう。公有制企業の改革は主に各地方政府が自らの需要によって展開したのである。このような制度改革において、各地方政府は中立の立場に立った推進者あるいは監督者としてではなく、利益関係者として改革に参与している。このような状況は90年代に展開されていた公有制企業の財産権改革に複雑で多様な推進力をもたらした。

  上述のような認識は90年代の中国の公有制企業の財産権改革のプロセスと、ロシアや東欧諸国といった移行国における私有化との違いを正確に理解するための重要なポイントである。ロシアや東欧諸国の私有化は、一種のトップダウン的な政治過程である。しかし、中国の公有制企業の財産権改革は一種のボトムアップの社会進化過程である。自覚性、目的性と規範性の角度から見れば、財産権の再編方式の多様性、公有資産の流失の程度と公有資産の再分配の公平性などにおいて、中国の改革はそれらの国の改革と明らかに異なっている。

  中国の公有制企業の民営化は決して理想的な過程ではない。その中に規範的ではない部分はたくさんある。しかし、十数年を経て、中国の公有制経済部門の民営化はすでに大きく前進しており、公有制企業の割合は明らかに低下している。それと同時に、中国の非公有制経済(私有企業や外資系企業)は急速に拡大している。その結果、非公有制経済が中国経済においてかなり重要な地位を占めるようになった。そして、2004年に全国人民代表大会において憲法が改正され、「公民の合法的な私有財産は侵害されてはならない」と明確に規定されるようになった。このように、中国経済の市場化が絶えずに深化している中で、その必然的な要請としての私有財産の保護は、国家制度にも反映されるようになったのである。  

  4.民営化の長期性   

  1990年代における公有制企業の民営化は自発的なプロセスであったため、統一的な規範と手順が欠けており、完成させるためには、比較的長いプロセスを要した。多くの公有制企業の財産権改革の直接的な原動力は、目の前の経営難を克服するための一時的な対応策であり、企業を根本から改造し、企業行動を一新する意図はほとんどなかった。たとえば、多くの国有企業は株式制改造を行った際に、株式発行によって資金を獲得することだけに着目した。それらの企業はコーポレート・ガバナンスの変革をまったく考えていなかった。したがって、このような改革は一時的なものに過ぎず、根本的な問題を解決することはできなかった。その結果、一部の企業は制度選択において伝統的な社会主義のイデオロギーといった非経済的な要因に制約され、効率の最大化という市場原則を徹底できなかった。たとえば、多くの集団企業は株式制に転換する際に、従業員に均等に株を持たせるという財産権構造を選択したが、このような改造は低い効率しかもたらしてこなかった。また、改造後の企業において、従業員は目前の利益ばかりを最大化しようとした。このような企業のほとんどは、二回目の改革を実施することを通じて、財産権を戦略的個人投資家あるいは企業経営者に集中させたのである。

  実際、多くの企業は1990年代に数回にわたって異なった形式の企業再編と財産権改革を経験してきた。一部の企業は改革後に新たな発展を遂げたが、一部の企業は制度上、市場関係および管理面の原因によって、さまざまな困難を直面し、閉鎖や清算、合併という形で退場を余儀なくされた。

  1990年代において、公有制企業の民営化は華々しく行われてきたが、成果は限られている。
改革はすでに十年以上経過したが、各地にまだ改革、あるいは再編を必要とする国有企業が多く存在している。また、すでに改革されたにもかかわらず、企業行動が以前のままである企業もたくさんある。それゆえ、中国の公有制企業の民営化の道はまだ長いと言える。

  5.政府機能転換による民営化への影響   

  われわれの研究は企業の制度転換を対象としているが、各レベルの地方政府の改革過程におけるそれぞれの行動と動機に関する分析に力を注いできた。なぜならば、公有制企業の民営化過程においては政府が極めて重要な役割を果たしているからである。政府が自覚的にこのような変革を推進しているのではないが、公有制企業の民営化にかかわる利益集団の中で、各政府機関は特に強い地位に立っている利益集団である。各制度の進化の方向と実際の効果に対して、彼らの選択はほかの関連利益集団と比べられないほど強い影響力を持っている。それは、中国の社会において政府が相対的に独立している利益集団として、法律より強い社会権力を持ち、ルールの制定権を事実上握っているため、他の社会集団がそれに対抗できないからである。1980年代以降の制度移行の実態が示しているように、一般に政府の経済責任とリスクが軽減できる改革施策あるいは提案は、すべて積極的に実行されている。一方、行政による支配権が弱められ、あるいは政府の関与と自由度が縮小される可能性のある改革の提案は、ほとんど無視され、あるいはすり替えられてしまう。これは、政府は必ずしも社会全体の利益を目標としていないという公共選択理論における基本観点を証明している。すなわち、社会が政府を有効に制約することができないときには、政府はその独占的な権力を用いて自分の効用最大化を図る可能性がある。

  このような角度から中国の公有制企業の財産権制度の変遷を分析することによって、中国の経済体制の移行はまだ完成していないことがわかる。金融体制の改革は始まったばかりで、政府機能の転換もまだ完全に実現していない。行政の権力はまだ経済資源(特に資金)の配分に強く影響している。このような制度環境のもとでは、企業の財産所有権を政府から民間に移転するだけでは、決して行政と企業の分離の実現を保証できないのである。政府の権力に対して有効な制約と規範を加えない限り、民間企業といえども、ソフトな予算制約という状態に陥ってしまう可能性がある。この場合、多くの民間企業は国有企業と同様に、高いリスクを気にせず、できるだけ多くの資金を手に入れて投資を行うのである。

  それゆえ、中国の公有制企業の民営化は資産所有権の譲渡・移転と関係している企業再編の問題だけではなく、社会制度の転換(政治体制改革を含む)というような深い問題にかかわっている。公有制企業の財産権が民間に移転されても決して必然的に企業と政府間の権利と責任の関係が完全に分けられていることを意味しない。本当の意味での行政と企業の分離、財産権の明確化は、政府機能の転換と社会法治などの面での実質的な進展を待たなければならない。政府機能が完全に転換されない限り、行政権力が経済資源の配分に強く関与している状況のもとで、財産権の明確化と行政と企業の分離は相対的なものにすぎず、徹底したものではない。政府機能の根本的な転換を実現することができるかどうか、政府による経済への関与と管制が法制化の枠組みに組み入れることができるかどうかは、中国における公有制企業の民営化の最終的な効果を決める最大の要因である。

  (注)井田制:中国の古代王朝周で施行されていたとされる土地制度。一里四方の農地を井の字形に9等分する。周囲8区画の私田は8戸に与えられ、中央の1区画を公田とし共同耕作し、そこから得た収穫を租税とした。

  (出所)「引論」(第一章)(『20世紀90年代中国公有企業的民営化演変』、中国社会科学院経済研究所ミクロ経済研究室著、社会科学文献出版社)

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