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「三農問題」への処方箋

発表時間:2012-09-14 | 字体拡大 | 字体縮小

著者:林 毅夫 | 出所:

  (1)都市部と農村部との収入格差がさらに拡大しつつある

  中国の「三農問題」(農業、農村、農民)の内容は、時代とともに変化しているが、現在、都市部と農村部との収入格差が非常に大きく、改革開放初期のそれをさらに上回る勢いであるということが特徴となっている。

  改革開放初期、農村部では家族請負責任制が施行され、農民の収入は著しく増大し、農民達の生産意欲が一時的に高まった。しかし、1985年以降、農民収入の増大は、主に郷鎮企業の発展や農村部からの出稼ぎ労働者の増加など、いわゆる労働力の移転によるものへと変わった。1997年以降、状況がさらに変化し、労働力が過剰へと転じたのである。その上、都市部における製品の過剰化によって、郷鎮企業は厳しい競争を強いられ、その多くが倒産に追い込まれた。

  こうした状況は、農業部門に二つの変化をもたらしている。一つは、労働力の農業への回流であり、それと同時に、村、鎮、郷のいずれもが高額の負債を抱えるようになったことである。もう一つは、農業生産の拡大とそれに伴う農産物の価格の下落である。生産の増大が収入の増大に結びつかず、労働力の移転も不可能であるため、農民達の収入は伸び悩み、都市部と農村部との格差がより拡大する結果となってしまったのである。

  では、都市部と農村部との格差が改革初期より拡大した原因は何か。1978~1984年までに、農民達の生産意欲は一時的に高まったが、80年代半ばになると、都市部と農村部との格差が拡大した。当時、労働力の外部への移動が開始されたにもかかわらず、農村が比較優位を持つ農産品、例えば、穀物や綿花の価格は人為的にコントロールされていた。東部の開発が進む中、穀物や綿花に対する需要は高まったが、そうした大量農産品の価格は人為的に引き下げられていた。このように、都市部と東部の発展は、実質的にはそれぞれの農村、そして中西部からの所得移転によって賄われたのである。東部、そして都市部の発展が進めば進むほど、農村からの所得移転が一段と大きくなり、両者の格差がますます拡大したわけである。

  農村部の余剰労働力をいかに移転させるか

  中国の「三農問題」を解決するには、まず農村の余剰労働力を都市部に移転しなければならない。現在、都市部ではデフレの傾向が見られるが、この問題を解決することが、余剰労働力を吸収する前提条件である。

  中国におけるデフレは、移行期における民間経済と国有経済、そして都市経済と農村経済が同時に存在する二重の二元経済という特殊な状況で起こったものである。

  これまで、国有経済を保護するため、民間経済に対して、多くの制約が課せられていた。民間企業に積極的な投資の意欲が存在しても、実際に投資することは制約されている。もし民間企業に国有企業と同じ待遇を与えることができれば、民間企業の投資意欲が創出されるであろう。

  一方、農村部では巨大な消費意欲は存在するが、インフラ設備が著しく欠けた状況が農民の消費活動を制限している。こうした状況を解決できれば、農村部の消費が刺激され、デフレ問題の解決にもつながる。これだけではなく、農村部の中での余剰労働力が移転する可能性も拡大し、農民達の増収も果たされるであろう。仮にいくつかの大都市における都市建設の無駄な投資の一部を節約し、そうした資金を内陸部の農村の発展に投入できれば、都市人口の数倍の農村人口がその恩恵を受け、それによって生み出される派生効果も計り知れないものになる。

  これまでは中央財政が大きなプロジェクトを支援してきたが、今後は農村生活に関わる小さなプロジェクトへの支援に転換すべきである。こうした小さなプロジェクトに対する投資は、農民達の消費意欲を刺激するだけではなく、実際、農民達の増収にもつながる。なぜなら、こうした小さなプロジェクトに使われる材料と労働力のいずれもが現地で調達されるからである。

  農村の総人口を減らしたいのであれば、より多くの労働集約型産業を発展させ、より多くの雇用機会を創り出すべきである。比較優位の原則に従えば、労働集約型産業は、中国が世界の中で最も競争力を持っている産業である。WTO加盟後、政府が資本集約型で比較優位を持たない産業を援助する機会は少なくなった。政府の関与がなくなれば、当然、労働集約型産業が今以上に発展することになるであろう。それによって創り出される雇用機会も、労働力移転の可能性も飛躍的に拡大し、都市部と農村部との収入格差、さらには地域間の格差も縮小するであろう。

  中小企業を育成し農村余剰労働力を吸収せよ

  現在、中国が世界で最も競争力を持っている労働集約型産業は、中小企業が中心である。こうした中小企業を育成するために、彼らに対する資金面の支援が欠かせない。

  中小企業にとって最適な融資方法は、中小銀行を媒介とした間接金融である。しかし、中国の金融体系では、中小銀行が融資を行う基盤が整っておらず、これが最大のボトルネックとなっている。こうした状況を改善しない限り、中小企業の資金需要はなかなか満たされない。中小企業の発展に障害が生じると、農村部の余剰労働力のスムーズな移転は困難になるだろう。従って中小銀行を発展させ、中小企業への融資問題を解決することが、中国金融体制改革の急務であり、また「三農問題」を解決するために必要な措置である。

  90年代以降、中国の地方中小銀行は、各地の都市信用社を再編し発展させたものである。しかし、現在、その規模は依然小さく、しかも実際の運営操作には規範が欠けており、未熟な部分が多い。地方の中小銀行は市場原理で融資を行われなければならない。地方政府の行政コントロールによって地方政府の「第二の財政」になってはならないし、地方政府の意思に沿って、現地の実際の状況と比較優位を無視した無謀な融資を行うようになることも避けるべきである。

  もし以上の事態が本当に発生すると、中小銀行は四大国有銀行のように、中小企業にとって便利な融資ルートにならないだけではなく、さらに多くの不良債権を生み出すことになるであろう。また中小銀行を発展させるには、モラル・ハザードを事前に防ぐための健全な金融管理体制も欠かせない。中小銀行は決して小さければ小さいほどいい訳ではなく、市場リスクを分散させる能力を持つ程度の一定の規模を満たされなければならない。中小銀行は地方の銀行であるが、銀行の間にも競争的メカニズムを導入し、人為的な独占による非効率を回避すべきである。

   

林 毅夫 Lin Yi Fu

  1952年台湾生まれ。1978年台湾政治大学の企業管理修士を修得後、改革開放路線に転じたばかりの中国大陸に渡り、1979年北京大学経済学部に入学、1982年経済学修士学位を修得。その後、アメリカに留学、シカゴ大学でノーベル経済賞の受賞者であるT.W.シュルツ氏に師事し、1986年に経済学博士学位を取得。1987年帰国後、中国経済体制改革の分析に取り込む。台湾、中国大陸、アメリカでの多彩なキャリアを生かし、多くの研究成果を導いた。1992年の『制度、技術と中国の農業発展』、1994年の『中国の奇跡―発展戦略と経済改革』(邦訳『中国の経済発展』)、1997年の『充分信息と国有企業改革』(邦訳『中国の国有企業改革』)などにおいて、彼独自の理論の枠組みを展開している。これらの著作は多くの外国語に翻訳され、海外でも注目されている。現在、中国経済の理論研究をリードする北京大学中国経済研究センターの所長として活躍している。

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